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真冬のダイヤ

雪を見に行く積りがことごとくその雪に阻まれるとは何という皮肉な運命か。
トキマツは己の星の悪さを恨むより他になす術を知らなかった。
上越線を使えば遅くても日の暮れ方には関東側へ行けるかもしれない。しかし万が一復旧が叶わない場合一番嫌いな新幹線に乗せられる可能性が出てくる、しかも実費で。それは何としても避けねばならない。なぜならトキマツの背中には全国1500万人の18きっぷ愛用者の期待が掛かっているのだ(2009年度国民統計調査より)。
駅員に詰め寄る上越線愛用者達。色々と情報を聞き出そうとするが的を得た答えは引き出せない。それを遠巻きに眺めながらトキマツは次の行動を考えた。残された時間は少ない、そして何が何でも今日中に東京へ戻らねばならない思いを強く持っていた。明日帰るようなことになれば・・・末広亭の出番に間に合わない、からだ。

もう一つの手は、急がば回れと言うがそのまま信越線に乗り続け、長岡から直江津、長野、松本、甲府、高尾、新宿と気の狂いそうな距離を乗り継いで東京へ舞い戻るルートだ。

乗るか、待つか。

幸運にも既に着いている筈の直江津行きも雪で到着が遅れている。そんな時改札に案内の放送が流れ、佇む者達の間に緊張が走った。
「上越線バスの代行運転を致します」
電車も走れないのにこの積雪の中バスが走れるのか?もし走れるならありがたい。せめて越後湯沢まで行ってくれたなら悔し涙にくれながら隣駅の上毛高原まで新幹線に乗っても良いか・・・谷川岳の向こう側に出られればそれで良いのだから。そう思い始めた矢先
「行く先は浦佐です」

馬鹿な!明らかに新幹線に乗せる気が丸見えではないか!行けばまた足止め、引き返せば間に合わない、しかし新幹線は通常通り200kmを越える速さで快走し
浦佐はその新幹線がちゃんと停まるのである。私の考えが甘かった。JR東日本とは恐ろしい会社である。

こけつまろびつ

答えは出た。

JRの商魂逞しい手に乗ってなるものか!こうなったら意地でも東京に各駅で帰ってやるのだ。それが全国2000万人の18きっぷファン(2010年度国民統計調査より)へのトキマツからの熱いメッセージに他ならない。時刻表という心強い相棒もいる。先日はネットの到着時刻検索を信用したばかりに大変な目に合ってしまった。ここには書けないが。やはり信じるのは自分自身しか居ないのだ。時刻表を開き、接続を確かめながらあっという間にこれからの流れをメモする。
よし、日付の変わる前には東京に帰れる。そう確認できると希望が湧いてきた。

こけつまろびつ

越後平野は綿が覆い被さるように一面がフカフカした雪の原。そこに高く昇った太陽が眩い光を降り注ぐ。車窓を眺めているだけなのに顔だけ雪焼けしそうである。なるほど天気予報で今年は雪が多いとは聞いていたが海岸に近い場所でも相当な量である。窓に映る家々も雪下ろしに苦労している様だった。

こけつまろびつ

長岡と直江津の丁度中間、柏崎に到着すると様子がおかしい。先程長岡で先行してった特急北越号が向こうのホームに停まっているではないか。各駅は特急に追い抜かれる事はあっても追いつく事は無いのだ。

「この先雪害による除雪作業を行っております、そのため暫く停車します」

またしてもトキマツの行く手を阻む豪雪。何度計画を変更すれば良いのだ?事が思い通りに運ばないもどかしさと何度計画しても無駄に帰す苛立たしさを覚えながらもどうしようも無い無力感が身体中を満たしてゆくのを覚えるトキマツであった。

今更戻ることは出来ない。

いつ出るかも分からない電車に乗っていても仕方が無いのでこの待ち時間に一度表へ出て外の空気を吸おう。幸運にも駅にはコンビニが併設してあり時間も正午を指そうと言う頃、この不毛な時間を紛らわす為に人目を気にしながら水を買った。
新潟名物のお米の水を。

こけつまろびつ

そそくさと自分の席へ戻るとさっき出て行った時と様子が違う。というか人気が無いのだ。広い車内トキマツと知らないジモティーのおじさんの二人きりになってしまった。何となくぎこちない空気が漂う。

趣味は何ですか?

とか聞いた方が良いかしら?こっちから会話を切り出してもしお喋りなおじさんだったらどうしよう?そんなに興味ないのに会話止められないよ、等とあらぬ心配をしている所へ若い車掌がやってきて一言、「北越号が先に出ますのでそちらにお乗り下さい」とトキマツに告げた。
そんな馬鹿な?そんな筈が無い。
わが耳を疑った。なにしろ先程まであれ程新幹線に乗せたがっていたのにそんなに急に優しくされると困っちゃう。いや、そうでは無い。これも何かの罠なのだ。乗ったは良いが、

お客さん特急券ありませんね?ちゃんとお金払って乗って下さいよ、ケケケケケケ。だってさっきはお乗り下さいって言うから乗ったのに!話が違うじゃあありませんか?お客さんね、これが歌舞伎町の掟なんだよ。いいから払えよ、オラ!

、か何か言うつもりに違いない。ここは一つ確かめねば。
「乗車券だけで乗れるんですか?」
「はい。既に1時間半以上遅れておりますので今日だけ特例です」
「18きっぷですけど良いんですか?」
「大丈夫・・・だと思います。先程も18きっぷのお客様ご案内しましたので」

なら乗ろう!特急に乗ろう!あれ程各駅で帰ると固く心に誓ったにも拘らずそのままで乗れると分かった途端に掌を返すトキマツ。決して節操が無いのではない。人の好意は素直に受けなさいという尊い両親の教えを素直に守り続けているだけなのだ。罪は無い。 

こけつまろびつ

一つ条件が付けられた。特例は直江津までと。
丁度良い。どうせ直江津で乗り換える積りでいたのだから。つかの間のセレブリティー気分を味わうトキマツ。シュッとしたコスチュームに身を包みぷりぷりっと歩きながらお姉さんが品物を売りにやってくる。買わない手は無い。何しろ今までは僅かな待ち時間を衝いてホームの売店や表へダッシュしていたのだ。車内に荷物を置いて。事を間違えれば丸腰の身体と大切な品々と思い出の詰まった鞄が泣き別れになるリスクを常に背負いパンを買っていた。実に馬鹿げている。しかし今は違う。笑顔を振りまきながらお姉さんの方から売りにやってくる。恥も外聞もあるものか、この幸福感を甘受するんだい!

「すみません、吉乃川下さい。それとシャケとば」

あゝ、堕落してゆく。
そうか、だから18きっぷファンは特急に乗らないのだ。なぜなら18きっぷは修行だから。でなければ一日中お尻を痛い思いをして各駅だけで全国を移動するわけが無い。そこにお姉さんがお酒を売りに来たら際限なく飲んでしまうよ。
良かった。この真実が分かっただけでも良かった。
だからもう一杯だけ飲もう。束の間の特急の座り心地を身体に刻み込み、そして存分にこの濃密な時間を楽しむ為に。

こけつまろびつ

夢の覚めるのは早い。着いた直江津のホームの向こう側には見慣れたカラーの電車が私を待っていた。御免。ちょっとだけ浮気しそうになったよ。でももう大丈夫。目が覚めたから。

こけつまろびつ

何となく余韻で普段買わない駅弁に手を伸ばす。列車旅の良さは目で耳で舌で旅を楽しむ事なのだろう。今まで舌を疎かにしていたような気がする。なるほど、直江津は鱈が名産なのか・・・地理の勉強にも役立つではないか。中学生よ、鱈を食え。そして直江津を思い出せ。

こけつまろびつ

甘く煮しめられた鱈の身と炙りタラコ、そして鱈の親子酢漬けにわさび漬け。
まさにこれを肴に酒を飲めと言わんばかりである。

「お姉さん、吉乃川・・・」
あゝそうか、もうお姉さんは乗っていないんだな。
トキマツの頬を一筋の涙が伝った。

《終》

※前後のお話はトキマツパンチラインでご覧下さい。
長いので全部TENに載せるのためらいました。

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